今から159年前。慶應2年のきのう、2月4日のお話です。 志摩國磯部の地にまします伊雜宮にてお鍬を賜った神職はじめ氏子一行は、今の岡崎市磯部の地に着き、村を練り歩いてそのお鍬を御神體として祀りました。 それが、のちに明治維新を引き起こす「ええじゃないか運動」のきっかけとなった、お鍬祭り百年祭の発端です。 その「ええじゃないか!」が動き出したのが、イセヒカリの初回の神田となった三河國吉田の地(今の豊橋市)。 2枚続けて天より降った剣祓札でした。 そこに「外宮」と合わせて降った御神札には、「伊雜宮」の文字があった… そしてこの画像は11年前のきのう、立春のこと。 このときは初代となる御神酒 『國靈(くにたま)』のカケラもなく、実はイセヒカリの種籾が手に入る見込みさえなかったんです。 でも磐座でお鍬祭りをし、御神札を降らせる神事を行った。 結果こののちイセヒカリの種籾がやって来てくれました。 そして一年後、稔ったイセヒカリは『國靈』と醸され、やがて日本中の神樣のもとへ届けられました。 物事は、氣を凝縮させて見えない種をつくる所から始まります。 そこから芽が出て根が伸び、ふたばが広がって…それがいつか大きな樹にもなります。 でも、根の本は変わらず同じ。 思えばあの日三河に降った御神札は11年の時の中で、今回のイセヒカリ御神酒『中常乃金神』とまで育ってくれたと言えるのかも知れません。 今回も三河から、このイセヒカリ御神酒『中常乃金神』という御神札がきっかけとなって、日本の人達の心が伊勢の、そして全国津々浦々の神様へ向きますように。 …そう、先日伊雜宮で9年振りの再会を果たしたあっちゃんは、その日もそこに居たのでした^_^