黄金の、神の國日本。その黄金時代を、ともに。

 『黄金の、神の國日本。

その黄金時代を、ともに築き上げましょう。』

 

(イセヒカリ御神酒『中常乃金神』奉納事業 趣意書)



 

かつて黄金の國と呼ばれた日本は、神の國とも言われます。

子供が生まれようかという歳、天皇陛下が日々に行われる神事により日本が守られていることと同時に、その過酷さを知りました。

そして少しでもお支えしたい、日本を支えたいと思いました。


出雲大社(江戸以前は杵築大社)のある出雲は大社町杵築という生まれ育ち、


共に令和5年に帰幽した父の古代出雲と母の現代出雲というそれぞれのルーツ、果ては産婆さんの名前まで、神話、そして國津神の代名詞ともいえる出雲とのご縁が深い身。



そんな立場を含め自分の出来ることをやっていこうと、神職資格の取得や、縁ある神事に奉仕、



そして縁ある仲間と稲を育て

御神酒を醸し、

全国の神様に奉納するなどしてきました。


平成29年秋。伊勢の神宮の神嘗祭の最終日、伊雜宮(いざわのみや)の式典に参列しました。


参列後にお宮の前で撮った写真をみて、


『瑞垣にかかる稲の束が、普通の稲とは異なった、聖なる力を放っている』


と驚く外国の方がいました。


そこには、神宮に生まれた聖なる稲イセヒカリの、私たちが育て奉納した稲の束、懸税(かけちから)がありました。



その方は続けました

『古代、神官が「太古からの龍と平和に共存する」という契約した結果、日本の國土は祝福を得て人が住みやすい土地になった。古い教典に記録があるはず。ただその契約は切れかけている』




令和6年秋。日本学ユニバーシティ学長出口光さんから、伊勢で研修をするから8年ぶりに参拝前に話して欲しいとの依頼を受け、その時の話を改めて調べ直しました。







鎌倉時代の神道書には

「天照太御神が魔王に日本を治める証、神璽を請うた」

とされるものがあり、当時知られた認識だったそうです。




神宮の創建以前から伊勢で神に仕えてきた度會氏の伊勢神道書には、


『「幽れたる契り」として内宮の神、大日孁貴(おおひるめのむち)と外宮の神、御饌津神(みけつかみ)が永遠に協力して天下を治めるという秘密の契約があった』

『日本の大地を表す豊葦原の中國(とよあしはらのなかつくに)とは、天御中主神が宿る故の名である』

と書かれています。


これらをまとめると、日本の大地が龍であるならば、あの契約の話は正しいと言えると思いました。


そして、奇しくも出口光さんのルーツである京都の教派系神道「大本(おほもと)」では、日本の國土は龍体である、と言われています。


そしてその契約が切れかけだということを思い出した時、戦前の神道家、川面凡児氏が唱えた「三大神勅(さんだいしんちょく)」が浮かびました。そこには、その契約の具体的な内容が記されているように見えてくるのです。

「天壌無窮(てんじょうむきゅう)の神勅」

幽れたる契りの結果、日本の國は皇孫が君主となる。契約の条件が遂行されることにより、天孫つまり皇室は永遠に栄える。


「齋鏡齋穗(さいきょうさいすい)の神勅」

契約の条件として、國民の代表として神璽を太陽神、天照太御神をみるがごとくお祭りし、また高天原の稲穂を皇孫に任せるから大切に日本の人々に広め与えること。


「神籬磐境(ひもろぎいわさか)の神勅」

他の条件として、高天原で祀られると同じく、祭祀族は古来この日本の國土で続いてきた磐座や神籬などの大地自然と、そこに宿る精霊神を祀ること。


初代神武天皇の日本の始まりの地、

橿原(かしはら)における最も神聖な山、天香久山は高天原が降りてきたものとされ、その頂に祀られているのは原初の神、國常立尊です。


高天原で祀るべき存在として、これ以上相応しい存在はいません。


なお伊勢神道において天御中主神と國常立尊は、同一の根源神だとされています。



天皇陛下そして神宮での八咫鏡、天照太御神のお祭りは、今も変わらず続けられています。


ところが一方で、最近とくにお米の供給が危ぶまれているように、日本の國土において稲穂が稔る景色が少なくなってしまっています。

また大地自然が大切にされるどころか、傷めつけられているようにさえ思える状況も少なくありません。


特にお米は、日本人にとって特別なものであり続けてきました。

民を救う食物として、人々が育む文化の根っことして、國土を守る治水の要として、また最も大切な神への献げ物として。

その大切なお米が日本全体に広まり、日本の國土が稲穂の黄金色に輝いている。



それを天照太御神が照らしているようすこそが、その契約「幽れたる契り」の極めて重要な条件だったのではないでしょうか。


「日本の大地自然という我が龍体を大切にし、そして黄金に輝かせ続けるならば、日本の統治は任せよう。」


それが、三大神勅の求めるものだったように思えるのです。






さて、前述の教派系神道「大本」において、根源神、國常立尊は退隠されたと言われます。

艮つまり東北に行きて隠れた。



その神が降りられたのも出口家、そして伊勢の外宮において國常立尊を祀っていることを江戸時代に強く訴えていたのもまた出口姓の、外宮権禰宜、出口延佳神主でした。


出口延佳神主は、


「豐受大御神は、根源の天御中主神、國常立尊であり神宮の心御柱に宿る。神宮においても心御柱は、中極の道をもって國土を治め給う御心の表れである」


と言われました。

また、中常の道が神道である、とも言われていました。



五行説における中は、土であり、黄。それを極めるとは、黄金の輝きとも見えます。それが常とは、黄金に輝き続ける、とも読めます。


また人の心が根源の天御中主の分身とも言われました。神とりわけ神宮の神を「神明」といいます。

世の人が心にいらっしゃる神明の「黄金の輝き」と夫婦のように連れ添って生きていないと嘆かれ、そうすることの大切さを訴えていました。

心の中にいらっしゃる根源の神の「黄金の輝き」と常に一体となって生きるのならば、神の世はそのまま今に在るのだと。

そのとき、天下泰平にならないわけがない。

それが中常の道であり、天御中主の道を神道という深秘であると。



私には、これが外宮に仕えた神主に降ろされた天御中主神、國常立尊の神聖なる御言に聞こえるのです。

この中常の道もまた、日本の黄金の輝きの大切な構成要素であるように思えるのです。


私達が稲を育てる岡崎・三河は、神宮の最も古い書物である「儀式帳」の昔から、稲の束、懸税を納めていることが記されています。


神宮の神嘗祭へこれまで8年にもわたって初日の外宮初穂曳きや最終日の伊雜宮調献式に参加し、岡崎・三河で育てたイセヒカリの懸税を納めつづけることができています。



岡崎から納められる懸税がまず集められた稲前神社への奉納、という伝統を復活させながら。




それらはすべて、志を同じくする仲間達の多大な尽力のおかげです。






彼らは岡崎で「ともえ」というおむすび屋を営みながら、稲作をはじめとしたあらゆることに尽力してくれています。

ご縁ある方は、彼らの「ともえ」を利用し支えてくださると嬉しいです。


稲作は、神と人とが力を合わせて初めて成し遂げられます。

お酒、御神酒づくりはより一層神の力を借りて、神と人が力を合わせて醸されます。





稲穂の黄金のエネルギーが、御神酒には凝縮されていると言えます。






今はまさに日本が、そして地球上すべてが、暗い混迷期を迎えているように思えます。


だからこそ、根源の神とともに人の心が、稲穂が、大地自然が、日本の國土全体が、黄金に輝きつづける時代を、これから皆でともに築き上げたい。

と、今回イセヒカリを御神酒に醸すこと、そして共感共鳴して下さる皆様とともに皆様の力を借りてその御神酒を全國の神々様へ奉納することを決めました。


そしてその銘を『中常乃金神(なかとこのこんじん)』と定めました。




明治への時代の大転換期、その魁となったのがここ三河です。

外宮と伊雜宮、そして内宮のお神札が三河の地に降ったことが日本中が伊勢の神宮を目指す國民運動「ええじゃないか」へと繋がり、日本は大きく時代が変わりました。




この御神酒『中常乃金神』が、あの時降ったお神札のように全國に広がり、各地の神々様に届けられますように。

この御神酒『中常乃金神』を奉納くださる方の黄金に輝く心、そして志を、神様がお受けくださりますように。


黄金の、神の國日本。

その黄金時代を、皆でともに、神とともに、築き上げましょう。




イセヒカリ御神酒『中常乃金神』奉納事業

代表発起人 松浦茂樹

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